悲しいよね装蹄派&非装蹄派

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JUGEMテーマ:馬術・乗馬

本質を見ないといけないと思うのです。

本質とは「どうあるべきか」と同時に「どうなっているのか」を探すものだと思うのです。

 

装蹄ってのはもともと、蹄の擦り減り対策として始まったものでしょう。馬が使役道具でしか無かった世界で、道具の耐久性を高めるのは当然の感覚だったでしょう。

 

時が流れて、馬をコンパニオンアニマルと考えるようになった現代。野生ではありえない不自然な添加物である蹄鉄に拒否反応を示すのも当然でしょう。蹄鉄は蹄に釘で打ち込まれるのが一般的です。馬に痛みを感じさせない部分に打ち込むのが装蹄師の技能ですが、蹄に傷がつくのは間違いないのです。その傷から細菌に感染し「蟻蹄」になる事も考えられます。

 

Bare Foot、非装蹄派はこの点を問題視してるんでしょうね。もともと馬は自らの蹄で自由に野を駆け回っていたのだから、蹄鉄なぞ本来履かせる必要はないのだ。装蹄なんて鍛冶屋の仕事を維持する為だけの時代遅れの悪者だ。って感じですか。

 

人間にも右利き左利きがあるように、馬だって四脚均等に荷重配分されている事は稀です。単なる「靴」であった装蹄も、馬の欠点を補う道具としての研究が進んでおります。個々の馬が持っている「アンバランス」を矯正するという役目の比重が増えている訳です。

 

馬の世界って、当事者の馬が何も言ってくれないものだから、結局はもう一方の当事者である人間の主観のぶつけ合いなんすよ。それは仕方ないとしても、装蹄派も非装蹄派も、「全ては馬の為」という本質を見失ってるよね。

 

「アンバランス」、つまり四脚の何れかに負荷がかかる事による故障の可能性。それを減らす事がホースパーソンの本質でしょ。もともとバランスが取れている馬にも装蹄はしなければならないという「装蹄派」。もともとアンバランスな馬に対しても不自然な人工物なんだから裸足であるべきだとする「非装蹄派」。

 

どっちもどっちだよね

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